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ET・9/11・尖閣諸島沖事件映像
     「ET・9/11・尖閣諸島沖事件映像」


   わたしが毎日楽しみにしているブログが三つあります。


「勝手に言ってます(http://yosirin.exblog.jp/)」
「Kazumoto Iguchi's blog(http://quasimoto.exblog.jp)」
「竹山祐三の日記」(http://takeyama-y.cocolog-nifty.com/blog/)
   

   いま「勝手に言ってます」は、『ETソウル』と題して、地球外生命並びにUFOの存在理由に付いて、長い長い記事を連載中です。

   その長い長い記事が、やっと2、3日前からわたし好みになっています。よくぞ言ってくれたとほっとしています。なぜこの地球に戦争は耐えないのか、その理由を明らかにしています。

   二番目のブログを書いている井口和基氏は物理学博士のようで、この方が扱える範囲が、「ミステリー」「未知のテクノロジー」「反重力・UFO」「HAARP」に「スピリチュアル」とここまででも充分目を見張るのですが、陰謀を暴くということで、「バイオコンスピラシー」に「ワクチンコンスピラシー」と、びっくりな部門にまで及びます。

   かなり過激かもしれませんが、読み応えもあり、わたしのこれまでの人生をひとつにまとめる手助けをしてくれます。

   最後の「竹山祐三氏の日記」は、手っ取り早く政治経済社会の現状を、テレビや新聞より正確に知らせてくれていると感じます。8月21日に山崎淑子さんのことを知らせるブログ(http://hyouhei03.blogzine.jp/tumuzikaze/2010/08/911_bb05.html)をここで知りました。これは、岩上安身氏が取材したものです。淑子さんの「普通の人が信じられる」という意味の言葉を聞いて、我が意を得たりでした。

   井口和基氏が、尖閣諸島沖事件映像をYou Tube で流した保安官の扱いについて、11月18日(http://quasimoto.exblog.jp/13656072/)面白い見解を述べています。

   で、わたしが言いたいことは、これらすべてがひとつの方向を示していること。いまこそ、自分で考え自分で行動するその責任がひとりひとりに問われていること。

   考えるための材料は願えばすぐに手に入る世の中になりました。そのひとつひとつを最終的に吟味し、自分なりの自由意志を行使できる。そのために、超意識からくる、真我の知らせである夢に取り組んでいる。と、わたしは捉えています。そう在りたいからです。


     ♧    ♧    ♧    ♧    ♧   

坂内慶子の予定です
♧2011年2月12日は朝日カルチャーセンター・横浜です。
詳細は、www.asahiculture.com/yokohama/「暮らしを豊かに : 暮らし」をご覧下さい。
♧12月19日(日曜日11:00~13:00)は吉祥寺のオープンハーツです。次回の個人セッションは12月7日です。
  〒180-0002東京都武蔵野市吉祥寺東町1-11-21
  phone 0422-23-7789 fax 0422-23-7788
♧12月14日(毎月第2火曜日10:00~12:00)は鎌倉稲村ガ崎のどんぐり工房です。
  〒248-0024神奈川県鎌倉市稲村ガ崎5-10-21
  phone 0467-31-2767 fax 0467-31-2750
(なお精神科に通われ薬を服用の方にはご遠慮いただいています。)
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【2010/11/20 07:06 】
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今田美奈子先生
       「今田美奈子先生」

   8月2日に新宿高島屋4F「サロン・ド・テ・ミュゼイマダミナコ」(http://www.imada-minako.co.jp/salon/menu.html)で、夢の講演をしました。そこは、ほっとくつろげる、フランス文化馥郁と香る、お菓子と軽食のお店です。

   このサロンでは、毎月一回「今田美奈子と夢のティータイム~ジョワ・ド・ヴィーヴル(生きる喜びを学び楽しむ)~」と称して、折々の講師を招いて講演があります。

   その講師の一人として招かれたのでした。今回このお話の仲立ちをしてくださったのは、宝飾作家の北村公晴氏です。北村氏とは20年ほど前からの知り合いで、二昔近くも前、エイトスター・ダイヤモンド代表 田村熾鴻(たるひろ:駿禮改め)氏にご紹介くださったのも、北村公晴氏でした。

   そのとき田村氏に、即決で月に一度の夢のワークショップをショールームでしてくださいと申し出をいただき、なんと一年以上続けたことがあります。懐かしい思い出です。

   そのときのワークショップに出席された女性が、北村公晴氏と私を今田先生に繋げてくださったのでした。彼女の思い出は、わたしの中ではかすかなのに、北村氏と今田先生に取っては、長く濃い思い出がその後おできだそうです。

   残念なことにキューピッド役の彼女は何年か前にお亡くなりだそうで、そのことを、久方ぶりにお目にかかった今田先生と北村公晴氏のご伴侶早苗さんにうかがいました。図らずもわいわい思い出話に花咲かせることで、彼女の供養をさせていただいたように思います。

   今田美奈子先生はいつも北村公晴氏の作品を身につけておいでです。早苗さんに「いつもなの?」と伺ったら、「ええ、いつもなの。ありがたいことに」とお返事をいただきました。

   今田美奈子先生が北村公晴氏の作品を身につけることになったそもそもは、知り合ってすぐにみた夢からだそうです。記憶力の悪いわたしはすぐに忘れてしまったのか、今回の打ち合わせのとき始めて伺ったように感じ入ってしまいました。

   しかし、先生に夢を公にする許可をいただいていないので、夢の内容についてはここで申し上げられません。が、今田先生と北村公晴氏ご夫妻の仲は、夢が仲立ちという、ありそうでなさそうな不思議な絆を感じます。

   15、6年前、最初に今田先生にお目にかかったのは、原宿・竹下通りを入った「薔薇の館」という名の喫茶室ででした。先生はそこでたくさんの方々を集め、妖精の話をしてくれた記憶があります。おぼろげではありますが、「木の妖精」「水の妖精」「花の妖精」「土の妖精」と言う区分けだったと思います。こういう話はヨーロッパ文化に造詣深い方だからこそのお話と、感心した覚えがあります。

   サロンで講演があった朝は、真夏の熱気が押し寄せるなか、突然の激しい通り雨。それをガラス窓越しにやり過ごすし、その後は快晴というドラマティックな天候でした。

   吟味された芸術品がなにげにおかれた、ちょっと他では味わえない、異空間です。新宿駅南口からほど近く、おいしくエレガントなお菓子と飲み物をいただける喫茶室。お近くにおいでの折り、一時のくつろぎに立ち寄られてはいかがでしょう。

   9月6日(月)は、ユキ シマダ(インターナショナルコンサルタント)女史が「捨てるほど幸運がやってくる」と題して講演があります。会場で彼女にご挨拶いただいて、今田先生の周りに集まる方はこうした気遣いがおできになる方々なのだと、改めて感心しています。風水とインテリアデザインとの融合。更に医療との深い関係についてお話をうかがえると思います。

   北村公晴氏の作品はほとんど一点ものです。わたしもほんの少し所持しています。価格がお手頃です。現皇室の方々もお持ちです。華美に流されることのないデザイン。だからこそ漂う作品の品格が、見るものを引きつけます。
【2010/08/09 06:42 】
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白鳥とオープンハーツとコンシャス・コンバージェンス
   「白鳥とオープンハーツとコンシャス・コンバージェンス」

   19日海の日の朝。10時前、ぶらっと海岸に散歩に出ました。
七里ケ浜の向こうに富士山が青空にみえます。何筋かの雪を残す夏姿の、
その頂上に、白鳥がいままさに飛び立つところ、に出会えたのです。

   この衝撃を文章でお伝えできているかどうか。。。。。

   まず、目に入ったのは富士山ではなく、実は白鳥です。
細く長い首をきっと南に伸ばして(くちばしの先端は鋭く)、
羽根を大きく羽ばたかせ・・・。富士山の頂上に、真っ白い雲で出来上がった白鳥です。
大きさは、富士山の高さの三分の一ほど。

   よく富士山には丸い笠がかかるのですが、それよりは遥かに大きかったような。
他に雲があったかどうか、記憶にないくらい晴れていました。

   カメラが無くて、残念。
南に首を向けて飛び立つその姿は、すぐに首が解けて、
白鳥とは云いがたい姿になってしまいましたが。

   それだからこそ、白鳥が富士山の頂上を足下に、飛び立とうという姿。
胸が高鳴りました。

   その前日(18日)、吉祥寺のオープンハーツで、
一年にわたる夢のクラス・ドリームセラピー講座がはじまりました。

   7月17日と18日はコンシャス・コンバージェンスの日だそうです。
詳しいことはこちらをhttp://divasoul.blog17.fc2.com/blog-entry-467.html

   それに先立つ23年前、
1987年の8月16日と17日はハーモニック・コンバージェンスでした。
このときわたしはバージニア州の山間で、心の勉強をしに仲間たちと合宿生活をしていました。
その仲間の一人が熱心にハーモニック・コンバージェンスについて話してくれて、
それを祝う祈りの日になった覚えがあります。
実際は、孔子と孟子の生まれ変わりが夫婦になってという話を、
孟子だった当の女性にお目見かかり、
孔子との楽しい出会いをうかがった、優雅な思い出の日です。
その彼女が、「風と共に去りぬ」の屋敷みたいな、
大きくホールが空いたその向こうの最上段に、
ロングのチャイニーズドレスで現れたのには、度肝を抜かれたものです。
おまけにドレスの左側に漢字で何やら文章が書いてあったのですが、
その中国語はさっぱり読めませんで。。。。

   ハーモニックコンバージェンスについてはこちらを。
http://369hiroe13moon.blogzine.jp/officehana/2009/09/post_a80c.html

   マヤ暦については良くわかりませんが、このコンバージェンスという、
時代の節目の考え方については大きな恵みを感じています。
わたしの意識はこの頃から大きく変わって、自分の責任を意識できる端緒に立てたと思います。

   あれから23年。
オープンハーツでのクローズクラスの始まりが、
この一連のマヤ暦の大事な日に該当しているのも、大きな恵みと思えます。
夢を専門としているわたしは、外側の事象現象を、
夢のシンボルと同じようにまずは捉えるようにしています。

   その第一回の受講生の夢が、各自人生の望みの夢としっかり一致しているのに感動しました。

  自分を生きたいという人生の夢にぶれがない。これは大切なことです。
コンシャス・コンバージェンス。
まさに「意識の統一」であり、「統一の波」とも云えるでしょう。

   帰りの新宿の駅で、どっと一日の疲れが全身を襲い、
はてどうしたものかと弱気な心を抱えたまま帰路の電車に乗ったのに、
車中みるみる疲れが体を離れていく不思議な体験をしました。

   わずか4時間の睡眠の、その後に出会った富士山の白鳥。
わたしも自分のプログラムに着手しています。その確認の時となりました。

   わたしの白鳥の目的地は決まっています。
【2010/07/23 07:20 】
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夢と瞑想の関係
   
     「夢と瞑想の関係」

   夢の講座では瞑想を薦めています。「瞑想」の「瞑」は、「暗い」とか「目を閉じて何も見えないさま」を云い、「想」は「ある対象に向かって心で考えること」を云います。

   つまり、瞑想とは「考える対象を持たない心の状態」を云います。意味は解っても、この状態をつくるのは大変と言ってしまえば大変だし、簡単と言ってしまえば、それも云えないことはない。瞑想とは、結果ではなく、状態を云います。(注:こことても大切)

   この瞑想と夢は、互いが補充するように、自分を知るための道具になります。一組と考えると良いでしょう。瞑想だけでは片手落ちになります。夢だけだと自分を知るのに時間がかかるでしょう。

   下記のアドレスはよくまとまっていて、瞑想を始めたい人、瞑想についてとっかかりが欲しい人に参考になります。     

   http://mm.1webart.com/MM_PublicBackNo.cfm?UserID=cayce&MagazineID=-1&T=LAST

   では、わたしのドジな体験話しを。瞑想が嫌いな体を鎮め、心を鎮める状態に近づけるようになったある日のことです。瞑想中に怒りでいっぱいになり、それもなんとか静まったかと思えて、瞑想を終えて、立ち上がった時です。見事にひっくり返りました。

   日常に気持ちを切り替えたとたん、瞑想中に湧き上がった怒りが、瞬時に戻ってきたのです。その自分の感情に圧倒されて、足の甲で体重を支えたのでした。瞑想すると、蓋をした感情が湧き上がるのでしょう。これも瞑想の効用だとわたしは思っています。

   懐かしい思い出です。

   それから一ヶ月捻挫で動けなかったのは、云うに及ばない?
【2010/07/18 22:43 】
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「機織り」がこだまする
      「機織り」がこだまする

   先日のワークショップのことです。これから機織りで食べていきたいという方がいました。これを聞いたわたしは、その後、自分の心の軌跡を辿るような体験をしています。

   機織りというその響きや、それによって呼び覚まされる魂が覚える懐かしさや、この職人仕事の仙人のような一途で無邪気な生きかたや、あぁ、何もかもが馥郁と香り立つ贅沢な響きを持って、「はたおり」がこだまします。

   恐らく、これを読まれる方たちに、この心境は伝わらないかもしれないと正直思うのですが、この世にいて、この世に生きていない。夢を語る日が来るまで、この世は住み難いと過ごして来た身に、これまでを振り返る格好の機会を得たような響きだったのです。

 それで、その方にエールを送りたいという衝動にかられます。しかし言えません。だから、その方に面と向かって言えないそれを、自分に向けることにしました。

   その方の心配は機織りで食べていけるかどうかです。心配ですよね。この世の大方の関心は、成功すること。お金に不自由しないこと。お負けに言えば、他人様のご厄介にならずに生きて行くこと。 

   好きを仕事にして、食べていけるかどうか、その食べるという基準は人それぞれで、他人があれこれ言える隙間は無いのが常です。

   夢の話をしていれば、ときに美辞麗句に遠い、真実に思えたことを言います。そんなとき、わたしはいつも夢に直に対面している自分を感じながら、その立ち位置を大切に言葉を発します。

   耳に響きの良い言葉を期待していた人にとっては、手痛いこともあるようで、そんな思いをされた方から、半年一年してお礼の言葉を言われることがあり、そんなとき全身から力が抜けて、その方の魂の美しさにオロオロします。夢の大切さを知る魂に出会えたと。

   百人の敵に、いえ、万の敵にたったひとりの味方を見つけたような気分で震えます。こんな滅多に無い衝撃こそ、好き勝手に生活する者へのぼたもちかもしれません。

   お金持ちにはならないけれど、こうした麗しいお言葉をいただけるのは、わたしが好きなことを曲げないからでしょう。その意味では何の苦労も努力も要らないところで、コツコツ好きを貫いたのだと思います。これも言ってみれば職人仕事です。

   話を戻して、古来からの技仕事の尊さは、この商業ベースの世の中では、風前の灯です。子供の頃廻りはたくさんの職人さんと小僧さんが闊歩していました。時代の変化とともに多くの職人さんが消えて行きました。

   そんないまは無い職種の職人さんがどんな生活をしていたか、その貧しさを知っているので、尚のこと他人には勧められませんが、彼等の満足はお金ではなく、自分にしか分からない仕事の仕上がりでした。ひどく乱暴な言い方で申しわけありませんが、ここにわたしは引かれるのだと思います。誰の賛同も得られないとしても、天とわたしはこれを知っている。そう言う全身を満足で包む体験は、あの世に自分を豊かに持って行かれるだろうと思っています。

   尾形光琳作と謂われる数々の仕事も、職人仕事に思えるし、敦煌の壁画も信心と合わさった職人芸、お寺の山門に施された彫刻の遊び心は、大胆にして伸びやかな職人芸。。。。。

   やっぱり、「はたおり」が木霊しています。
【2010/05/02 18:00 】
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