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夢のメッセージ

      「夢のメッセージ」


 夢辞典「夢のメッセージ」は12月19日店頭に並ぶ手はずになったそうです。定価は952円。税込みで千円ということでしょうか。驚くべき値段に最初はびっくりしましたが,有能で口数少なくすべてお見通しの編集者は、「これで」とだけしか言いません。その方が完成度の高いものになったと、夕べ電話で言ってくれました。特に表紙が効いていると。何というしあわせ!

 というような訳で、わたしの作業はほとんど終わりました。もうこうなると、身が二つになった心境で,わたしが産み出したのに,わたしのものではない感覚に襲われました。

 そこでわたしの夢。

 [公民館のような玄関に靴が沢山並んでいるのだけれど、そのなかにわたしの靴が見付からない。それにどれもこれも趣味じゃない上、くたびれた感じ。こうなったら裸足でだって靴屋に行って新しい靴を買いにいかなきゃと,裏手に出るとそこはお店で,靴も売っている。ではと物色するが、こんな靴頼まれたって履いてやるもんかというものばかり。ひそかに、絶対足に合う上等な靴を、よそに行って買ってやるんだと自分に言い聞かす。]

 
 ほんとうに、夢のからかいってこんなものです。本が出たら,もう田舎に引っ越そうかなと半分マジだったんですから。気抜けしたんです。いままで日が射さないことおびただしかったですから,出版で緊張が解けて脱力感に襲われたのでしょう。それを夢はお見通し。

 つまり、「あんたこれで、これぞ自分という仕事をやり終えたと思っているらしいけれど,どうでしょうね? 自信を持ってこれぞまさしく自分だ、坂内慶子だ!っていう仕事をしたの? 生き方をしたの? これからじゃないの?」という訳です。

 はい、考えてみれば、原稿に書き起こせた内容は,沢山の受講生が提供してくれた夢の御陰ですけれど、公にできる夢の効用はまだ限られています。辞書には載せられない内容が山積みに残っています。

 例えば,人参を夢にみれば、それだけでその人の心境が分かる訳だけれど,人参に含まれるカロチンをこの心境への特効薬と捉えたら,かなり斬新で画期的な科学的アイディアが出てきます。仮説ですが,カロチンを形容詞的な言葉に置き換えることも可能で、ここから象徴と具体性とが一致し,真理がひとつになって見えてくる。そんなこともみんなでやってみたいなあと,思ったりしますし、などなど。

 それに出版に会わせたようにセミナーが企画されました。という訳で,夢にからかわれながら,新しい自分を生きようと、元気を取り戻したところです。

 [夢のメッセージ」に戻ると,来年二月という当初の発売予定を、クリスマスプレゼントと初夢に備えたいので,遅くも12月中旬までにとお願いし,滑り込ませてもらった次第です。出費の多い時期ですが,この本の為の予算をとっておいていただけると,嬉しいです。決して,決して損はさせません。ついでに友人知人へのプレゼントにいかがですか。表紙絵は天使です。天使が幸運を運んでくること間違い無し。保証します。幸運の私の保証付きです。

 次回は、表紙をお見せできるようしたいと思っています。

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【2007/11/29 14:20 】
あれこれ | コメント(0) | トラックバック(0)
本の表紙絵
      「本の表紙絵」

 今となれば,紆余曲折のトンネルの中,光が射さなかった経験に、感謝の気持ちで、できるならばプラチナブロンドの光をその辿った道に塗り込めたいくらいに、感動しています。

 昨夜、夢の本のカバーデザインができたと、メールで知らされました。
 どこをどう押しても何も開くことのなかった9年間。それがここに来てあっという間にドアが開いて、あれよあれよという間に形になっていきます。これは、わたしと夫の充分な反省や吟味の上のご褒美でありますように。

 パソコンが使いこなせないので,写真をお見せできませんが,素敵に出来上がっています。わたしの原稿に夫の絵を表紙に使える、奇跡が起きました。これもひとつ夢が叶ったことになります。諦めないでよかった!

 こんなつまらない文章で終わらせたくないのですが,一応報告までに。

なお、本のタイトルは『夢のメッセージ』と決まりました。

テーマ: - ジャンル:心と身体

【2007/11/20 10:58 】
夢で心と身体の健康状態を知る | コメント(0) | トラックバック(0)
師と仰ぐ外野五郎氏のこと
       「師と仰ぐ外野五郎氏のこと」

 我が家は二所帯用のアパートなので,なかなかに生活配分が難しく、二階が私の仕事部屋と夫のアトリエ。下は居間と台所用にしているのですが、寝室だけは一階に見つけられず、仕方なしにアトリエに布団を敷いて寝ています。

 パジャマ姿で外に出て、雨の日は傘をさし外階段を上り下り。と、なんだか江戸時代の長屋住まいに似てなくもない。

 この正月までは、二階は他の住人が住んでいて、その人たちが規則違反にも猫に餌を与えていました。こっそり隠れて猫を飼っている風が、何だか嫌な感じでした。猫のことについて話し合ったことはありませんが、飼ってはいけない決まりは知っているのでしょう。猫がドアーの前で入れてくれるよう鳴き声を上げると、周りを気にしている様子が、見て取れました。

 ある時ご近所の方に、
「猫に餌を上げてくれているようですね」と、言われて言下に、
「いえ、とんでもない。多分二階にお住まいの方ではありませんか」と、私はそんな間違ったことはしていません、と伝えるつもりが、
「実は、野良の子猫が五匹捨てられて、あんまりかわいそうなので飼うことにしたのだけれど、一匹だけ家の中に居るのが嫌なのか居着きません。時々ふらっと姿を見せると太っているので、安心しています」とのこと。

 私の微妙に善人ぶった態度に気付いただろうとは思うのですが。

「家(うち)のは一郎、次郎、三郎、四郎と呼んで、あの子は外(そと)の五郎と名付けています」と、内野一郎以下4匹をその方が飼い、外野五郎は野良猫まがいの自立心旺盛な虎猫の名前だと分かりました。

 それ以後、その虎に出くわすと「五郎ちゃん」と、声をかけていました。ある時玄関口まで入ろうとするので、
「あなたに餌はやりません」と、はっきり家宅侵入も断りました。まだ二階の住人が居る時のことですから、彼のたくましさを知ったような訳です。

 野良として一匹狼で生きていくには、並の才覚では生きていけないでしょう。こちらの意図を瞬時に嗅ぎ分け、二度と餌は欲しがりませんが、その代わりかなり横柄で、横暴です。
 
 ある時、階段上の玄関先に脱いである夫のサンダルが濡れています。猫特有の臭いがします。虎の仕業に違いありません。夫に対するうっぷんを晴らしたのでしょう。

 去年家にダニが繁殖して、わたしは悪戦苦闘していました。夫はそれを気にかけ、挙げ句に元凶は五郎ちゃんだと信じ込んだ様子。それで、五郎ちゃんに出会う度に、冷たい波動を発して通り抜けます。彼のこの波動は後ろにいる私にも見えるくらいに激しく,一発かましてやりたいと、わたしだって思ったくらいですから、野性味のある五郎ちゃんなら、いずれ仕返しはあるに違いないとも思っていました。

 五郎ちゃんが飢え死にすることは無いと知っているので、餌はやりません。それに甘えた感傷かもしれないけれど、こういう五郎ちゃんが好きです。

 二階に上がる狭いアパートの階段の一段に、彼は長々と横になり、私たちは彼を踏まないよう無理な体勢で横を上がり下りします。餌以外のことでは邪険に扱わないことを知っているので、はなから退く気なんかありません。そして彼もあの一度の仕返しで溜飲を下げたのでしょう、二度と臭い付けはしてきません。

 図々しいと言えばそれまでですが、この迫力ある自立心はたいしたものです。猫にしておくのはもったいない。人間にしたい。いえ、私の師になってもらいたい。
【2007/11/05 15:38 】
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