スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:-- 】
スポンサー広告
こどもと夢の話をしてください
     「こどもと夢の話をしてください」

 わたしの本当の願いの、その芯になるところに、家族で夢の話を、夢を思い出した度にしてくれると好いなあ、というのがあります。

 10年程前、縁あって「ママコム」というサイトで母と子の夢を扱えそうになったのですが、時期尚早だったようで、頓挫してしまいました。

 そのときの経験で、ちょっとこれはと思ったことがあります。それは、母親は自分の夢に関心を寄せる以上に、こどもの夢の分析に関心がいくのだなあと、思ったことでした。無理も無いけれど.....と思いますよね。

 その後わたし自身が、世に受け入れられないと思った時期を経て、目の覚めるような楽天主義の権化、マジェンタの横山玲子さんに出会って、わたしの運命は急速に世に受け入れてもらえる場をいただくことになりました。このご縁は吉田重都さんが作って下さいました。彼はいま、いろいろなところでワークショップを主催し、C・W・ニコルさんのところでもこどもたちとアートヒーリングのワークショップをされています。彼の人生の重み有る背景が、ワークの中に活かされ、ただただ感心するばかりのこどもたちとの交流話が、ときどき聞けます。

 わたしはいまもプチ心配症を抱えています。「これもちょっと心配、あれもちょっと心配」と。玲子さんに相談すると、「そんなことは心配するまでもない。起こらないと決めたら起こりません」と、一喝されます。これで彼女とのやり取り全部を表現したことにはなりませんが、わたしは彼女と話していると、物事の中庸に立てた気分になります。場を与えて下さる彼女と組むメリットの、一番重要なところかもしれません。

 話がそれましたが、長年の夢であったこどもの夢に関わりたいという願いが叶えられて来たのか、ここにきてこどもの夢がわたしのところに集まるようになりました。わたしがこどもの夢の意味をあれこれ解説しなくても、親子で夢を媒体にしてこどもを勇気づけ、親自身の体験がこどもの夢を活かせる、そんな親子関係を作っているのです。すてきでしょ。

 その出色の例をお話しましょう。

 これを読まれたら、こどもと夢の話ができる関係を作っておきたいと思われるでしょう。そう、それが狙いです。

 では。本筋に。とはいえ、これはわたしの体験ではなく、相談を受けたのでもなく、話を聞かされただけのことなので、記憶がやや怪しげです。その辺はご容赦を。


 あこがれの小学校に入学できた女の子が、一ヶ月もしないうちに、学校に行くのをためらいはじめました。母親は何が原因か分からないながらも、ひとつにはその女の子のやや人に打ち解けにくい性格が原因かしらと思って、見守もるだけでした。

 或るとき級友のひとりが、その子に心ない態度を取って仲間はずれにしたのを、たまたまその子の母親が目にしてしまったらしいのです。自分の子が意地悪をするその場面を見て、その母親もかなりショックだったようです。その後当事者の母親ふたりは、こどもたちの間で起こっていることについて、心割って話し合いを持ったそうです。

 なかなか見事な展開です。ラッキーとも言えるでしょう。いじめる側いじられる側の双方の母親が、前向きに話し合おうというのですから。

 わたしが話を聞かされたのは、いじめを受けた側の母親です。彼女の言葉はこうでした。

 「そのお嬢さん自身が幼稚園で、また近所のお子さんたちの間でも、ひどい仲間はずれ状態にあったそうです。
 陰湿ないじめもあり、その所為でお嬢さんもだんだん元気が無くなっていきました。
 ..........小学校に入って、環境が変わって今度は反対に現在の状態に至ったということ......でした。

人はされたことをするんですよね。

うちの子がそのようなことにならないように、なんとかしなければいけません........」

 ここまでやっと育てて、小学校も無事入学したのに、あぁーーっ!。大変です。いじめを受けた側の母親の立派な態度に、「わたしならこんなに冷静では、いられないーーーーーーぃ?!」と、思ったものです。

 そんなある日、とうとう母親の彼女は熱を出して寝込んでしまいました。

「わたしの娘がいじめられているというのにーーーぃ、
わたしはいじめる子を思いやって、
その子の母親の苦しみを聞いているーーーぅ........。
心底腹が立ってぇーーー」だ、そうで。

 そのくらいで済むなんて、いじめを受けている母親は偉すぎると、わたしは思ったものです。 
 
 彼女は夢の勉強をしています。それを娘も知っています。そこで、ここまで来る以前に、その子は母親に自分の夢の話を折にふれてしていたようです。入学してからは、人に嫌みを言われる夢を見続けているのを、母親に報告していたようでした。
 「夢で知らない人に嫌なことを言われる」とか、なんとか。悪夢を繰り返し見ていたのです。

 夢の勉強をしている母親は、
「そんなら、夢なんだから言い返したら?」と、アドバイスしたでしょう。いつもレクチャーで言っているわたしの言葉を受けて、その母親は、「大丈夫夢でそういう人に会ったら、言い返していいのよ」と、伝えたはずです。

 それからちょっと間がありました。あんまり詳しい話も、ハシタナイと気遣ってでしょう。

 次に、「娘が素敵な夢を見ました」と、報告が入りました。

 
   学校と家の間にはトンネルがあるの。

   そのトンネルには魔女がいるのでママが迎えに出てくれている。
   その日も学校から帰るときにトンネルを通ろうとすると、
   魔女が掃除機をもっていて、
   「ごみを吸い取るぞ~~」と怖い顔でおどかしてくる。

   「私はごみじゃありません!」というと、
   魔女は掃除機で攻撃してくるのをやめて、
   無事ママとそこを通り抜けて家に帰れた。



 みんなで大喜びをしました。「言えた!言えた!」と。

 これは一年前の出来事で、この夢は去年の6月初めです。ということは、いじめがはじまってわずか二ヶ月の間でこの変化が、小学一年生の女の子に起きたことになります。

 さて、記憶とは曖昧なもので、この夢の前にもうひとつ夢の報告があったと、わたしの記録にありました。
 
 「数日前にも、娘をいじめる張本人が、娘が止めるのも聞かず道路に飛び出し車に引かれた夢を見たそうです。」と。

 このことをすっかり忘れてしまったのですが、いじめっ子が自動車にひかれて死んじゃった夢を、報告してくれていたのです。

 いじめっ子はこの夢のあと、夢の通りに態度が変わったそうです。文字通り、死が再生につながっていたのです。

 母親は、夢に特有の意味があることを娘に伝えてくれていたのでしょう。だから、クラスメートが自動車にひかれて死んじゃっても、こんな嫌な夢なのに、母親に言えていたんだと、あとでわたしはほっとしました。

 次いでですから、もうひとつ、いじめの原因を概略お話しましょう。それは、この子のママのことでした。大人の目からは何でそんなことがと思う程のつまらない取るに足らない理由です。何だか恐ろしい程、残酷な話ですよね。本当の原因は、ねたみそねみの類いに違いないのですが。

 幼稚園に通っている妹もお姉ちゃんがいじめられる原因を知っていたようです。知らないのは、ママだけ。ひょんなことでそれが分かったのはビデオ屋さんの駐車場の車の中でした。三人一緒に大泣きをしたのだそうです。かえってラッキーでしたね。泣いても、まわりは怪しまない。こどもふたりは母親を思いやり、言わないで置こうと気を利かせたのだけれど、あまりの苦しさにぼろが出てしまったのでしょう。ぼろといってよいのかどうか。

 夢主の女の子が、どんなにママにそれを隠し通そうとしたか、痛い程その気遣いが伝わります。そんな彼女はしっかり自分の心を強くする頑張りを見せました。彼女も成長し、クラスメートも成長したようです。

 もう今となっては昔々の、夢にまつわるほっと胸なで下ろす思い出話でした。
スポンサーサイト
【2008/08/28 07:28 】
夢活用法 | コメント(0) | トラックバック(0)
白山神社に誘ってくれた小鳥の訪問
       「白山神社に誘ってくれた小鳥の訪問」

 熱海でワークショップを開いたのは、7月20日と21日のことでした。伊豆山神社にお参りに行けたのは21日。曇っていて、歩き回るには好都合の天候でした。伊豆山神社の脇に立っていたとき、聞こえた小鳥の声に誘われて、その後ろに鎮座される白山神社にお参りすることになりました。白山ひめ神社の末社にして、菊理姫神をお祀りしている小さな山全体がご神体の神社でした。
 
 神道に興味も無い私が、ここまでの文章を編み出すのさえ難儀です。

 先週の金曜日(8月8日)の朝食のテーブルで、夫とふたりで菊理姫さまの話になりました。このお名前の「きくり」は「くくる」と同義で、「しめくくる」ということらしいです。「総括」というのでしょう。と、解説されたところで、わたしはいまだにこの「くくる」という具体的な意味が分かりません。

 そうたいして深い話も意味有る話もしているはずもなく、だけど何だか気になって。。。。。そこへ突然夫が声音を変えて、「あの鳥だよ」と、言い出しました。アブラゼミの地べたをはうような声に混じって、あの美しく複雑で、高音低温が自在に操られた小鳥の声が、お向かいの庭木の間から聞こえたのです。小鳥は、「ここにいる」と知らせるように、こぶしの葉陰にいるのを気付かせるように、そこだけ葉が揺れます。

 直ぐに姿を見せてくれました。ヒヨドリより小さく、ヒヨドリのようにシルエットに特徴はありません。色はヒヨドリのような灰色系で、声の美しさとは比べものにならない地味な姿です。

 鳴き声は、それ程長くは啼きませんでしたが、かなりながいことそこに居続けました。こちらが飽いてしまう程、いてくれました。わたしは生活に戻らざるを得ません。

 午後三時になって、別棟にいたわたしを夫はわざわざ呼びに来て、「あの鳥が又いるよ」と、知らせに来てくれました。啼いていました。
こんな時間に。そして、外はかんかん照り。ご苦労様です。午前中にわたしがこうだろうかと考えた、それが違うのでまた来てくれたのだろうかと思ったものです。さすがにここまでくれば、この小鳥は菊理姫神の使者かも知れないと思いましたから。

 今度もかなりの時間いてくれました。わたしたち夫婦も炎天下に出て、姿を目に焼き付け、聞き漏らしの無いようにと、気を配ったつもりです。

 こぶしからお向かいの2階の窓のひさしに止まって、ゆっくりゆっくり羽繕いを延々やっています。動きのあったのは、屋根高くとんびがこの鳥を見定めるように旋回する姿を見てからです。急に飛び立ち、どこにいたのか、雀を十数羽従えて、屋根の合間に消えていきました。

 ワークショップやセミナーを開く場合、事前の準備と事後の反省はしっかり付いてきます。今回は事後のまとめにエネルギーをとることになりました。これに断を下した日に、菊理姫さまの使者をお迎えしたのでした。自分の仕事に、完了を付けるのがむずかしく、達成感の前で躊躇するわたしへの戒めでもあるなあと思っています。

 そして、7月26日マヤ暦でいう新年に船井メディアのセミナーを開けたことは、かなりの勇気を戴いています。この企画をお知らせ戴いたとき、なにも真夏に夢のセミナーをしなくてもと思ったものです。いま考えると、自分の幼稚さに萎えていられない程、ご加護の大きさ深さを感じます。その日に人見ルミさんの死の夢を知って、きっかり暦通りの変化を実感しました。

 更に加えて、今年は半年にして一年分をもう体験された方が沢山おいでのことでしょう。いま新年が始まっています。そのことをお知らせしたくて、長々と菊理姫神の使者としての小鳥の話をしています。

 小鳥はそれきり、後にも先にも姿を見せません。わたしが知らせを理解したからです。

 それで、わたしも新年をはじめています。

 しかしこの小鳥の話の続きをお話しましょう。

 夫は、昨日(8月10日)の朝、夢でこの鳥の声を聞いたそうです。2フレーズ。間を空けて。

 夢の中でわたしに知らせようと考えたけれど、これは現実ではないから「仕方が無い」と、諦めたのだそうです。

 これを聞いて、妻であるわたしは、かなりがっかりです。夢こそ本当の世界なのですから。叶えられないはずが無い!!!夫の心根もこの夢に見えて、しばし議論しました。

 「今度聞いたら呼んでね。一緒に聞きましょう」

 

 最後に、知人というより恩人の本の一説をかりて、語句の説明を。

 *菊理姫神:「いのちの親神」と崇敬された女神。あの世(霊界)とこの世(現界)を結ぶ神。

 *くくるとは、苦しみも苦悩もすべてくくり
 無となってまっさらな気持ちですべてをやり直すこと  

 追記:ここで、終わるはずでした。読み返しているときに再び、夫がやって来て、あの鳥がお向かいのひさしにいると知らせてくれます。今度は、餌を運んで、ひさしの上で食事をし、そして楽しげにつぶやくように歌いはじめ、ひとしきり過ごして、飛んでいきました。金曜以来はじめて姿を見せて、この記事にOKを出してくれたように。午前11時半のことです。写真も撮ることができました。

 そう言えば、8月4日の夢で、ジェロに訊かれるのです。「その歌を覚えていますか?」と。わたしは彼に向けて歌います。そのミュージカルの歌を。わたしのごく親しい歌を。実際は知らない歌ですけれど。

 わたしも自分のこれからの人生が楽しみです。

テーマ:夢に表れる心と身体と霊性の状態からその対処法を知る。 - ジャンル:心と身体

【2008/08/11 13:45 】
あれこれ | コメント(0) | トラックバック(0)
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。