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安心の食養生:1
        安心の食養生:1   

 ほぼ30年ほど前から必要に迫られて、わたしはケイシー療法を実践してきました。わたしが真面目で愚直で誠実だったから実行して来たのではなく、残念ながら、やりたくもないけれど、仕方がなかったからやって来たようなものです。

 今日活躍できるのも、努力の結果でないのは、わたし自身が一番良く知っています。健康であったら、こんなことしません。困らなければ、こんな面倒はしません。面倒でも、仕方なくやって来たことです。しかし、やって来てよかったとつくづく思います。病気を抱えた過去を有り難く思い返します。いまスーパーマーケットに行くと、日本人が何を食べているかが、分かります。テレビのコマーシャルを見るとどんな病気が多いのかが、分かります。町の大型看板には、大腸がんの検診を女優さんが訴える写真がありました。それも数枚横並びで訴えています。便秘薬の代わり(?)に食物繊維ドリンクを薦めるコマーシャルも盛んです。女性のデリケートな部分に塗る軟膏も日々宣伝されています。

 20年程前、わたしは変わり者で、鼻つまみ者でした。とても嫌がられたものです。わたしの食べるものを見て、「人間は食べたいものを食べるのが一番健康なのよ!」と、ご立腹。わたしの至らなさもあって、距離を取られたものです。それに学んで、人の前では言わないようにしましたが、ここに来て遠慮なく言っても良い時になったようだと思いました。むしろ遅過ぎたかもしれません。

 先ほど上げた症状は全部食事を変えることで、ほぼ解決できます。医者でもないものが何をいうかとご立腹になっても、いまのわたしは気にかけません。言わなくチャと思っているのですから。

 そんなこんなで昔の間違いから学んで、わたしが何を食べているか、そして食べて身体と心がどう変わったかをお話しようと思いました。

 昔、あれも駄目これも駄目と言ってしまい、「食べるものがない」と反撃を食らったので、そういうやり方は駄目なんだと分かったからです。それに、テレビで見る料理番組の調理の仕方が、便利とおいしい(これくせものです)に片寄り過ぎていると思います。素材の味を理解するとか、自然の恵みの力を感じるとか、季節の変化がもたらす恩恵を食から体験するという調理になっていないことが、どんなに片手落ちか、知ってほしいと願って、今回取り上げることにしました。

 万病の元は便秘です。と、わたしは体験的に思います。わたし自身は便秘症ではありません。具合の悪いときはかなり下痢をしていました。一日七回なんていうこともあり、時に出なくなったり。ひと頃は下痢をしながら、洗腸をしたものです。お腹の膨満感は夕食が済めば毎晩で、胃腸のデリケートさでは、四苦八苦したものです。

 ですから、腸の変調が万病の元と言いたいところですが、やっぱり便秘が万病の元といった方が正確に思えます。科学的な証拠があってこう言うのではなく、経験知からです。

 早い話しが、充分に野菜サラダを食べていれば、便秘になりようがないのです。このとき最高品質のオイルを生でドレッシングに使うという条件はありますが。このオイルが洗腸のはたらきもしてくれるようです。毎日快調に出すべきものを出していれば、いつも心の中はすっきりです。すっきり元気な身体には、オープンな心がしっかり中心にきます。オープンとは「信頼」を意味していますから、新しいことに挑戦できる柔軟な人間でいられます。

 これは、マジックでもなく、精神論でもなく、ごくごく当たり前の日常のことを言っています。でも、これを記事にしないといけない現実があります。

 まわりの便秘症の人を、よくよく観察してみて下さい。大抵は、知性もあり、教養もあり、出過ぎず引っ込み過ぎもせず、友人としては申し分ない人でしょう。そんな人がびっくりするほど臆病で、新しいこと、未知の何かに関わること、グレードの上がった仕事にチャレンジすることができにくいのに気づきませんか。そんな人は多く便秘症です。具体的(身体的)にも象徴的(精神的)にも終わったことを手放せないからです。身体は大便を放出できず、心は古いことにこだわることで、安定を保とうとするのです。無駄です。毒です。人間は変化するものだからです。

 サラダは青物野菜が主流です。青物野菜が大地に根付いている姿を想像して下さい。太陽に向って何の疑いもなく、両手と上半身をを高々と上げ続けているのが、青物野菜です。青物野菜を食べることで、自分の心も宇宙を全面的に信頼する態度ができるわけです。ああ、なるほどとうなづいてくださいね。これが自然からの教えです。

 さてそこで、今は十二月。わたしがサラダにどんな野菜を使っているかをお話しましょう。安くて、どこでも手に入るものが中心です。もやしを良く使います(注:皮膚に問題のある人はブロッコリー種のもやしは避けて下さい)。それに水菜。青いレタス。セロリ。それに人参の細切りを少し(注:生の人参を多めに食べると消化に負担になります)。タマネギを薬味程度に。根の野菜として、大根を皮を剥かずに千六本にして。それらをボールに入れて、粉ゼラチンをかけて、カイエンペパー(わたしはこの味が苦手でほんの少ししか使いませんが)に胡椒を振って(これはわたしの好みです)、ポン酢(注:お酢の場合はリンゴ酢でアルコールの入っていないものを使います。ポン酢はかぼすやゆずで酢を使いません)柑橘類に圧搾法によるオリーブオイル大さじ一杯程をかけて戴きます(2人分の量です。野菜はサラダボール一杯ですから、かなり少なめです)。野菜は大まかに地上のもの3種に地下のもの1、2種。

 だいぶ長くなったので、この辺で止めましょう。続きはまたの機会に。わたしが言いたい骨子は、症状は心の状態を知る恩寵です。体調をあるべきように整えるには、症状が水先案内人になってくれます。心の有り様を知る絶好のチャンスです。安易に薬に頼ったり、治療師にお任せするのではなく、自分の身体に耳を傾け、教えを乞い、自分の知恵とやり方で症状を軽減する道をとれば、霊的成長も実感を持って取り組めます。

 どうぞ、この話しをお役立て下さい。先ほど挙げた症状への対処もいずれお話するつもりです。
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テーマ:夢を日常の心身の健康管理に生かしていこうというのが、主旨です。 - ジャンル:趣味・実用

【2008/12/14 21:18 】
あれこれ | コメント(1) | トラックバック(0)
夢の真実に背中を押されて
 「夢の真実に背中を押されて」

 11月15日に「第四期夢のクラス」が終わりました。そのときのことをブログに載せようとはじめたタイプ打ちがなかなか進まないうちに、心境は「クラスの終了」を遥かに超えてしまいました。そこで、夢が伝える真実はどんなにショッキングかという話しをしましょう。これは、ケクレという学者がベンゼン環の原子構造を夢からヒントを得たという話しよりも、ずっと、ずーっとすごいなあと、個人的には思っているのですが。。。。。受け手のみなさんに取っては、どうでしょう。。。(と、遠慮がちに言いながら)。。。もっと今日的ですし、と。。。。。自信を持って、言います。

 わたしの考えの基本は、夢が教えてくれる真理(なにせ夢は超意識から発せられるプレゼントです)は、海の海水のひとしずく。わたしたちの意識の心がそれをすくいあげるには、真理の絶対量が膨大過ぎます。とはいえ、そのひとしずくを拾い上げれば、まごうかたなき真理を手にしたことになります。が、未だ人類は真理の全体を予測すらできていない、と。(どうもこなれていない文章で、わたし自身隔靴掻痒ですが。一応前振りです。)

 夢が教える真理は、非常に具体的です。有無も言わせぬ妥協の無さには、こちらが根を上げる程ですが、何せ象徴部分が大方なので、ご理解戴ける文章にできるかどうか、気掛かりです。が、ご質問は受け付けませんので、受け取れないところは、読み飛ばして下さい。

 さてこれからお話する話は、最後の夢のクラスがあっての、一連の流れになっています。

 夢のクラスの最終に、急遽「神社とはどういうことか」を話しました。どうして神社かといえば、鳥居を夢に見たと報告してくる人が、俄然増えたからで、心の神社を説く必要を感じたからです。

 夢に出てくるのは、面白いことに鳥居です。神殿ではなく、鳥居です。真っ赤な鳥居がどんと立っている景色です。人によってはそれに参道や杉木立が加わることはあっても、鳥居です。。。おやしろもあったかもしれませんが。。。。。思い出す限り、鳥居です。

 これからお話する一連の話を、詳細且つ論理的にお話しできる段階に、残念ながら今は無いので、ちょっとした障りだけになってしまいますが、そこのところも大目にやり過ごして下さいませ。では、あらかたの経緯をお話ししましょう。

 ある生徒さんがわらべ歌を夢に見たと、クラスの中で話されました。その歌詞を紐解いているうちに、神社本来の意味、心に建てるお社が、その歌を通して伝承されていると理解しました。これは夢解きと同じ手法を駆使して得た理解です。

 わたしの受け持ちは夢です。夢は真我に至るツールです。神社は象徴的に自分の真我が住まうところです。ケイシーの言葉に、身体は「神の住むやしろ」という表現があります。わたしたちは、知っても、知らなくても。。。。。自分の肉体の奥に鎮座まします神のお世話を、自分なりにしているのです。心身の健康を考え、身体の手入れをすることは、朝な夕なにこの神殿の掃除と清めをすることに、同じです。

 さてこの、「肉体は我が神の住まう神社」という考えは、夢の主題でもあります。夢はその点本当に妥協を許さぬ勢いで、身体の秘部にスポットライトを当ててきます。

 そんな例を挙げれば、結婚を真近に控えた女性が、教会の尖塔にりんごが鎮座ましましましている。その光景を婚約者と共に見ているという夢があります。この夢には、性エネルギーの高貴さ大切さが表れています。聖なるものが性であると、夢は単刀直入に言ってきます。教会が神社という例です。

 ここまで来て、テレビのニュース番組を見ていたら、東方神起という韓国歌手グループの歌う「呪文」が騒動になっているという。その番組では、歌詞のなかの「Red Ocean」と「crystal」を問題にしていました。それが煽情的だというので、韓国では有害指定になったというのです。さて、日本では騒動になっていないようなので、わたしも記事にして大丈夫と思って、安心して書いています。。。なぁーんて?!わたしは、持論を展開するだけです。。。が。。。

 確かわたしの記憶では、「crystal」の前に「億」という形容句があったと思うのですが、今ネットで調べたところでは、その言葉は日本語歌詞には見当たりませんでした。テレビの解説者の伝えたところでは、「crystal」が精子を、「Red Ocean」を子宮に見立てて、この「呪文」は煽情的だと、韓国の検閲をするお役の方達が決断したというのです。そこで、ネットで歌詞を見ましたが、、、そうですね。。。。。わたしの考えでは、有害指定の断を下したお役の人たちの考えは分かります。。。。。と、お断りしておいて、なんですが。。。。。夢では、めちゃめちゃこの手の話しが出てきます。夢はとてつもなくHですから。この辺の理解が人類に問われているのだ、と思います。

 今、鳥居の次にこの「Red Ocean」が、集まりはじめています。「わらべ歌」の次に「鳥居」があって、その続きは「海」です。不思議です。時代です。熟れの時を迎えているのでしょうね。

 たったひとつの夢だけで、「波乱を乗り越え人生を神々しく生きてこられたのですね。見事です。見習いたいものです」と、声をかけたくなる位に、霊性磨きに精進された女性の夢が目につきます。その要素が、「Ocean」。

 (テレビの報道が正しければ)韓国のお役の方々が海を子宮と見なしたのも、クリスタルを精子と仮定したのも、お見事です。ええ、夢でも、そうですから。有害を有益と受け取るには、超え難い理念が様々に存在します。そこを夢はひとっ飛びで、迫ってくるのですが、まずは夢への概念や偏見の壁や理念を打ち砕く方が先です、かしら。

 だいぶ荒削りな話の展開になりました。判じ物めいたこの続きを、次回の夢のクラスの第1回でするつもりです。

 さしずめ、「女性の魂の発達と夢が教える具体課題を読む」とかなんとか。要は、「(内的)子宮に精子を迎えて創造を我がものとする」(?!)です。

 さて、これは煽情的なお話しです。感情に訴えるでしょ?

テーマ:夢に表れる心と身体と霊性の状態からその対処法を知る。 - ジャンル:心と身体

【2008/12/10 17:44 】
夢で心と身体の健康状態を知る | コメント(2) | トラックバック(0)
交感神経過剰刺激の夢?
     「交感神経過剰刺激の夢?」

 おとといの朝、気持ちの悪い夢で目を覚ましました。夢の真実のすごさを知らなければ、無視を決め込んだでしょう。しかし、気持ち悪かったり、避けたい夢には緊急性があるので、なんとかメッセージを掴み取りたいと、夫と散歩中この話で盛り上がりました。。。。。真剣に、マジモードで。

 夢はこうです。

 【自分の顔をみている(陰の声:鏡に映して?)。しっかり柔らかで品もあり(陰の声:夢です。お許しを。しかし自信に欠けるわたしに取っては励みになります)ツイードのスーツでよそ行き風(陰の声:ちょっとは社会に立場を得られたという印?でしょうか?)。】

 ここまでは、快調な滑り出しです。思い返せば、この自分の顔はやや斜め。写真ポーズのような。。。。。夢、続きます。

 【鏡で(正面切って)自分の顔を見ている(らしい)。左目の目頭脇に、血豆のような突起がある。それをつまむとぐんぐん紐のように伸びて、その先にあろうことか目の球がくっついて出てくる。(鏡の)自分の顔に戻ると、左目がないのに白目が白濁して黒目がない。これでは、これから片目でものを見なくてはいけないなあ、と思う。】

 どうです。気持ち悪い夢ですよね。目ですから、直ぐに腎臓のはたらきを考えました。しかし、いま背中のそこに緊張は感じられません。昔腎盂腎炎をやりましたから、その辺の緊張は分かります。それに、このところしっかり水は飲んでいるので、大丈夫。身体のチェックはこれでパス。。。(と、この時点では思いました)。。さて、では心の問題へとシフト。

 心の問題とすれば、片目でものを見ているというお叱りなのですから、吟味すべきは夫への観察です。と、ここまで話しが進んで、普段は口の重い夫が、「ひいき目に見ているということはない?」と、来ました。

 「うん?」と思ったものです。さてそこです。いまや自信を持って、
「それはないわね?」と応えたものです。「誰だって、存在理由があり、存在する価値がある。ここまで、絵描きでやって来て、絵で世にソンザイを記せないことはない。世に貢献できないことはない」。だから、ひいき目で夫を見ていることはない。わたしはそんなに甘くもない。人生ちょっとは自慢のできる濃い経験もしてきたのだから、見る目も養って来た、と。これ自慢です。
 
 それより、「ひいき目に見ていることはない?」と、直球で問いかけて来た夫の進歩が嬉しかったです。

 ここで、振り出しに戻ってしまいました。

 散歩は、わたしの足の具合が悪く、軽快な有酸素運動になってくれません。足の甲の筋肉が妙に痛くて、それにくるぶしの内側も、なんと腫れました。あわてて紫光線を照射しましたが、それでは心もとない。それに、このところの夫の心の揺れにお付き合いして、凡人のわたしはかなり疲れましたから、ここは白旗を立ててと、ご近所のソフトカイロに飛び込みました。

 何をどう診察し治療するのか素人のわたしには良くわかりませんが、うつぶせに寝た両足のバランスを克明に視ながら、ピストル状の器械を経絡に沿わせて繰り返し打って、気を整えているようです。鍼の理屈なのでしょうか。良くわかりません。治療師には、足の症状を訴え、ちょっと疲れてもいますと説明しました。40分程もそのピストル治療を施した後、いつものようにベッドを代えて、マッサージに移ります。このマッサージはあまりにソフトで、マッサージをしているかどうか分からない程です。ここまで治療が進むと、ちょっとしたおしゃべりも邪魔にならないので、「いまの状態は、首と腰の緊張が足に来たようです。」と説明してくれました。「このからだの状態では交感神経の活動を更に刺激するので、やすめないでしょう」と、解説してくれたので、今朝の夢を話しました。

 彼に取ってわたしは、何やら原稿書きで疲れるらしい老女(陰の声:ああ自分で老女とは?!!)のはずです。夢を生業にしているなんて、一言も言っていませんが、以前「左ももの付け根を蜂が刺す」という夢を見たと報告したら、彼の方があわててすぐに左の付け根近くの下腹部をさぐり、治療してくれたことがあります。

 終盤に差し掛かって、仰向けに横になったわたしの頭上に回った治療師が、両手で、わたしの頭蓋骨をそっとユックリ持ち上げ、両手を首の根元から徐々にずらした時、「あれーっ!」と思ったものです。声には出しませんでしたが、夢の通り左目の脇が、治療師の右手、わたしの右小脳当たりを通ると軽く気持ちよく痛むのです。

 左目を司る脳は右脳です。彼の指が左目と右脳が繋がっていることを知らせてくれました。

 交感神経の刺激が強過ぎて、疲れのサインが出難く、それが緊張の筋肉繋がりで、足に来たようです(陰の声:もうちょっと、もうちょっとと休まずパソコンに向かい過ぎた、つけですよね)。ここまで、治療師さんが説明してくれた訳ではありませんが。左目の異常が右足に出るものでしょうか?そこのところは素人のわたしに分かりませんが、治療を終えたら、右足も快調でした。これが、交感神経のはたらき過ぎという考えでなされた、治療でした。

 分かったようで、しっかり結論に辿り着けた話しにはなりませんでしたが、身体の異状が夢に現れたら、身体の検査をしてみましょう。大事になる前の予防に役立つはずです。

 さてそこで、この夢とこの体験で、仕事を少し休もうと思ったのでした。

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【2008/12/06 14:34 】
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