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自分を他人のために役立てる行為
       「自分を他人のために役立てる行為」


   誰も、基本的に他人の為に生きられるのならそうありたいと願っているでしょう。みんなと仲良くしたいし、笑顔でいたい。笑顔が交わせる人たちの輪の中にいたい。

   一方的な奉仕も他人の為ですが、その人の自律(自立)の為に自分を役立てる行為こそ目指すに値する、と知る世の中になりました。これに異論はないはずです。

   もしあっても、大して大きな異論にはならないでしょう。異論は問題ないのだけれど、他人の為になる自分の在り方をどう捉えるかは大きな問題です。
  
   あまり触れたくない話題かもしれませんが、身近な人に命を絶たれた経験がある人は多いでしょう。そんな人たちをどう助けるか、それも大変な悩みです。

   自分にそんな経験はなくても、つらい経験をされているその人を支えたいと願うけなげな人がいます。そんな人に、夢を通して自己を知って下さいとお話するのですが、「いえ、自分はどうでもよいのです」という答えです。「それより、その方を助けるにはどうしたら良いか、それを知りたい」と、言います。

   夢を通して自分を知ることと、その方を助けることはまるで違うというのが、大方の見方なのだと、あらためて感じ入って、で、それにどう答えようかと、このブログに取りかかっています。

   その方へを通して、多くの方々に自分を知ることは自分を助けることであり、自分を助けることが身近な他人に本当の意味の奉仕をすること(助けること)でもあると、伝えたいのです。

   自分の問題に果敢に挑むその姿を見せることが、本当にその人を助けることになります。これを抽象的と思いますか?いえ、これこそ実際的解決法と思うのです。長年夢に取り組んで来て。

   心ある先人を探すまでもなく、わたしたち自身がその叡智を持って他人を見ているはずです。十牛図の主人公も最終は市井に戻ります。ホ・オポノポノが広まっているのも、多くの人々がその事実を納得されるからです。良い時代になったなぁと思います。

   夢に関わっていると、たくさんの真実を知りますが、真実は知れば知る程単純で、最後はわたしたち丸ごとひとつと感じられるところにきます。これがワンネスです。

   どういうことかと言えば、夢は宇宙そのもの。宇宙丸抱えです。つまり、わたしたちの心の中には宇宙が丸ごと入っています。だから、この地球上で起こっている戦争もみずからの心のなかで起こっていることです。外に見るものは、内に有ります。だから、平和を願って戦場に赴き戦争を止めて下さいといわなくても、自分の心の戦争を直視し、ストップをかける前にじっとそれを見れば良いのです。

   みずから命を絶ってしまったその人に、間違いだったと説教するのは置いて、自分を生きればよいのです。自分の心のその人を直視すれば良いのです。

   自分の中にも、どこかしらその人と同じに、人生を諦めている部分があって、それをはっきりさせて、そこから自分を生きる道を歩きはじめればいいのです。

   わたしたちは時空間を生きていますが、時間は仮のものですから、過去と未来と現在を同時に生きることができ、だから、なくなった人の悔いを一緒に払拭する手伝いもできます。

   自分に反省を促したその方の死を、心の糧に活かせれば、それがなくなった魂に治癒の力を引き出させるからです。時空を超えて、亡き魂と抱き合えます。それは現在が過去を癒し、未来を新たに造るともいえます。未来のあなたが過去のできごとを作り替えるともいえます。

   夢は時空を超える世界を扱います。そこ(夢)にいくことで、次元を超えたやり取りも可能です。しかし、夢に取り組む最も尊い態度は、自分を知ること、感じること、体験することです。

   そんな自分体験する人を見て、わたしたちはその勇気を自分のものにできると思うのです。そんなとき笑顔を交わせます。笑顔は人をひとつにし、今現在に止めます。それが永遠の「いまここ」に生きることだと、わたしは感じています。 

   これが他人の為に自分を役立てる行為と、わたしが感じているものです。言葉足らずの説明かもしれませんが、お心に届きますように。

   
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【2010/03/30 16:04 】
夢活用法 | コメント(0) | トラックバック(0)
善悪や占いと違う夢の中味
       「善悪や占いと違う夢の中味」

   3月20日にオープンハーツが新装開店しました。セッションルームが広くなり、その第一号が夢のワークショップとなりました。オープンクラスの出席者は10名。はじめての方々から見知った常連と多様でしたが、話し合われたテーマは、違っているようで共通項が見えました。

   が、それに加えて、夢が互いに補完し合ったり、それぞれが優しくサポートし合ったり、補足的に説明し合うその相関図が見えて、10名のグループワークはエネルギッシュこの上ないことになりました。

   きっとこれも、新装開店を成し遂げた主宰者横山ちなぎさんのお人柄と熱意が湧かせたエネルギーなのでしょう。夢を話し合う場の気や雰囲気はとても大切で、いつも清浄を心掛けられるちなぎさんの気遣いには感謝しています。


   実は最近のことですが、わたしだけの秘かな楽しい懸案があって、それを熟考のうえ実行に移しました。ところが、結果は思い描いたものになりませんでした。いままでなら反対に万々歳になって来たことが、諸手を上げて「よかった!」という形にならなかったのです。

   着手した時の感触は、いままでにないプロセスへの(天からの)お誘いなのだと、心のどこかにありました。結果ではない。一段一段丁寧に、感じる大切さを味わうこと。それが目的だ、と。道すがら心を占領するハラハラドキドキを、舐めるが如くに体験すること。そうです。そうです。感動すること。カラダの隅々が情動のままに実体験すること。
   
   それが天から提供された「楽しい懸案」だったのだと、終わって感じました。着手して良かったと感動のうねりが止めどもなく湧いたものです。

   この懸案を実行したことで、触れ合うことのできた人たちが美しい気遣いをわたしに見せてくれたのです。そこにどんぴしゃりとタッチできたのです。もし、これが万々歳の結果なら、こんなに奥深く触れることはなかったでしょう。その流れのなかで、自分の心情の波をしっかり見とどけることになったのですから。

   いままでだったら、わたしの心はハラハラドキドキに堪え難いものを感じ続けたでしょうに、この時ばかりは、まわりの人の意志に委ね、自我を通し過ぎないところにゆったりと留まることができました。

   新装開店のオープンハーツ、クローズクラスで出た体験話は、それと似たものでした。何ヶ月も前に夢はやれやれといっている。で、それを実行に移したものの、結果はこちらの考えるハッピーなものにはなりません。

   しかし、その場に居合わせたわたしたちに見えたもの、理解したもの、得たものは、その方が実行に移したその時点では考えられなかった、もっと豊かな、もっと意義の有る力を得た、当人の姿でした。

   達成感無さげのその当人が、自覚のないまま言葉にして、それを味わいながら自立して行く、その姿を目の当たりして、何だかとても微笑ましく、とてもハッピーな気分になったものです。夢って占いではないのです。一見つらい体験も、実行に移せた自分への信頼は、大きな感動を生みます。これこそが生きる目的です。

   占いを生業になさっている方に、語弊があったらごめんなさい。説明をすると、人は安全な道を選びたがります。苦労のない結婚生活を望んで、占いに助けを求めます。しかし学びの為の結婚はあっても、苦労を避ける為の結婚はありえません。そんな人たちに可能な限り縁の有る人と出会える可能性を、占い師は教えるでしょう。

   しかし、夢は敢えて失敗さえすることを示唆してくるのだと、知ったのです。これは、以前からそうだと思っていたのですが、当日あらためて、講師のわたしが体験したと同じように、予想に反した結果を体験することで、大きく前進することを知らされました。

   更に、オープンクラスで出た善悪に陥りがちなことについてもお話しましょう。

   危うそうなところにいる人を見た時、他人はちょっと引いて、もっと賢くしたらどうかと判断します。それは愛からの動機です。それは分かるのだけれど、いずれけりは付きます。けりをつける賢さは目前です。でも、ここも判断が早すぎると、心の筋肉を鍛えるチャンスを失います。だから、ちょっと無駄に思える、味わう時間が必要です。心の筋肉を鍛える為に。。。味わわずして心は鍛えられない。


   夢から話し合われたことです。いつも通り、あからさまにお話することはできませんが、大意をすくいとって下さったらと思います。
夢は、占いでも、善悪を決めるものでもありません。詰まるところ、生身の、生の感動を体験するようにと、誘うものと感じます。

テーマ:思ったこと・感じたこと - ジャンル:日記

【2010/03/24 09:37 】
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ケイシーセンター主催インターミディエートコース開催
   「ケイシーセンター主催インターミディエートコース開催」

   
   少し自慢をします。どうぞご寛大にお読み下さい。

   昨日ケイシーセンター主催のインターミディエートコースが開催されました。半年に渡るビギナーズコース修了者で、更に夢の勉強を続けようという気概のある方たちが受講生です。

   遠く青森、奈良、群馬と尋常じゃない距離をものともせず、受講されるみなさんの気迫にただただ感心し、感慨に耽りながら初日の一日をご一緒しました。

   ビギナーズコースでは毎回受講生自身の夢のメッセージを紐解いていきました。夢が知らせる状況は、自分の現状だと理解すること。そこで判る自分の問題は、半年に渡ってだいたい同じであること。更に、自分の抱える問題が明らかになったとしても、それと納得するには充分な熟慮が必要であること。これらが中心のビギナーズコースでした。

   そこで勢いインターミディエートコースは、夢のメッセージを実行に移す前の気構えや準備が主な課題になります。勿論中にはさっさと実行に移せる人もいるでしょうが、大抵は夢のメッセージを実行するにはかなりの時間がかかりますし、それで良いのだとわたしは考えています。

   なにせエドガー・ケイシーは、自分を知るには夢が解ることだといっています。自分磨きに「祈りと瞑想と夢」への取り組みは欠かせません。言ってみれば、夢への取り組みは「ひとり・神の探求」だと、わたしは考えています。

   そんな大事な自分磨きの道具である夢が、そんなに簡単に解る訳がないのです。そんなに簡単に実行に移せる訳が無いのです。

   話を昨日に戻すと、「ケイシーを勉強して長いのです、わたし」が、枕詞のようになっている受講生がいます。とても率直で、おしゃべり好き。明るく華やかなファッションが好みの、憎めないキャラクターの主です。ムードメイカーなので、他のメンバーは彼女の話を止めないし、止められません。

   その方が、昨日見事に現状を把握していくプロセスを、受講生全員に見せてくれました。勿論全員の支えがあって起きたことです。半年の仲間意識は相当なもので、ビギナーズコースでは目立たず脇役でしたが、昨日ばかりは主役でした。
    
   話は行き着くところ、実行に移すのみでした。早ければ早い程好い。そんなみんなの後押しで、帰宅後、家族に向けてやるべきことをやってくれたようです。その結果、分かり合えたのだそうです。

   ひょんなことでそのニュースが飛び込んできました。

   その受講生が家で何をやったかですか?「こんな夢を見てね。夢の勉強仲間が、それはこんな感じじゃないかねって言っていた。だから御免ね。」ですかね?

   えぇ、こんなんでいいんです。あんまりくどくど言わなくたって、夢ってどう言う訳か、真っ直ぐ解るってことありますよね。受講生みんなで出し合った知恵を、そのまま受け取って行動に移した、その受講生の真っ直ぐさに、まず心打たれました。そして、この人たち全員をリードしている自分を考えたら、とても誇らしいキモチになりました。

   リードするわたしの立ち場は、リードさせてくれる優秀で中味のある受講生あってこそです。これってかなり自慢できる話ですよね。で、くどいようですが、これすべてがわたしの自慢話です。ご寛大に受け取って頂けると嬉しいです。

テーマ:思ったこと・感じたこと - ジャンル:日記

【2010/03/08 21:31 】
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