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水のこと
     「水のこと」

   先日の土曜日と日曜日、二日続けて東京に仕事があり、鎌倉に帰っていては二日目の仕事に差し支えると、ホテルに泊まりました。

   翌朝、朝食をとっている時です。立て込んだ食堂で、隣りの伯父さんが話しかけてきました。私は夫とふたり。その方もご夫人とのふたり旅。どちらの連れも、そのときバイキング形式の食事を取りにテーブルを離れていました。それで手持ち無沙汰の伯父さんは、暇つぶしに無害の私に話しかけてきたのです。「どちらから?」から他愛ない会話がはじまりました。

   伯父さんは、九州の山間部から急用で上京されたことを話してくれました。四方山話にしてはちょっと重いその急用を、感情込めながら、食事の会話にする。普段から飾らないお人柄なのでしょう。好感が持てました。なので、おじさんが住む町の近くに、私も6年あまり住んでいたと話を絡ませました。普段はこんなに早く朝食はとらないのだけれどと、慣れない雑踏のような周りを見回します。それにこんなにたくさんの種類の食品も取らないと、伯父さんは続けます。家にいれば、水が違う水がと、繰り返されました。だから飯にみそ汁だけでいい、とも。

   特に信じるところがあって生活を整えているとは思えない、極自然に身に付いた言葉と感じたものです。。好んで登る近くの山の話にも成りました。山登りは、魚釣りのように土産はないけれど、元気になって帰るのが土産かな、と。

   わたしがその地に住んでいた時、思ったものです。粗食と人は言うけれど、お米のおいしさ味噌のおいしさ。ここのおいしさはホンモノだ。。。と。。。その地を離れて四半世紀になります。

   それでわたしの方から、その地に住んでいた期間わたしがお世話になった水の話をしました。

   初対面の伯父さんには言いませんでしたが、東京から引っ越した当時は、いつも体調悪く、家の窓から山の景色を眺めるだけで、堪え難い疲労感を覚えたものです。いまでもときどき当時を思い出し、良くここまで回復したと、胸が熱くなります。

   その頃一緒だった前夫が、そんなわたしにと水を見つけてくれました。町の家から自動車で20分。山そのものがご神体で、裾に鳥居があり、その鳥居の脇に蛇口がひとつポツンとある。その水でした。飲み水と料理に、一週間分を頂いてきたものです。6年の間、そこで人にあった記憶はありません。知られることのない名水なのだと思います。

   伯父さんはこの水の管理をしている人と知り合いなのだそうです。そこはいまも人里離れ、閑散としているそうです。

   この水の御陰でわたしは健康を取り戻した、と思っています。勿論いろいろしましたが、水の効用は大きいです。

   日曜の朝の8時前。混み合うホテルの食堂で気取りを知らない伯父さんが声をかけてくれて、誰にも説明できないハッピーな気持ちになりました。名前もかわすことのない出会いで、大切な大切な水のこと、そして昔を思い出しました。

   水については多くの方々がさまざまにその大切さを言われます。ここで水について議論をしたいのではないのですが、わたしはやっぱり、この経験から、許されるなら、カルキの入ったことのない水が好いだろうと感じています。カラダも自然の要素からできているからです。

   それに、実際の水と夢に登場する水との関連を、具体的に捉えて欲しいと願って水の話をしています。夢には沢山の水が登場します。夢に現れる水を考えると、どうしても足元の地球に思いが行きます。地球がわたしたちのカラダに敵した水を、下さる間はどちらも安泰なのでしょう。

   夢の水は、水の大切さを教えているのだと思います。そして、夢の中の水が体内の水の状態を知らせていると感じます。
   
   統計立ててそんな話ができたらと、希望は持っているのですが。日をあらためて、水の話をしましょうか。   

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坂内慶子夢講座の予定です。

♧6月19日(毎月第3土曜日13:00~15:00)は吉祥寺のオープンハーツです。
  〒180-0002東京都武蔵野市吉祥寺東町1-11-21
  phone 0422-23-7789 fax 0422-23-7788
♧6月8日(毎月第2火曜日10:00~12:00)は鎌倉稲村ガ崎のどんぐり工房です。
  〒248-0024神奈川県鎌倉市稲村ガ崎5-10-21
  phone 0467-31-2767 fax 0467-31-2750
(なお精神科に通われ薬を服用の方にはご遠慮いただいています。)
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【2010/05/24 10:57 】
夢活用法 | コメント(0) | トラックバック(0)
「機織り」がこだまする
      「機織り」がこだまする

   先日のワークショップのことです。これから機織りで食べていきたいという方がいました。これを聞いたわたしは、その後、自分の心の軌跡を辿るような体験をしています。

   機織りというその響きや、それによって呼び覚まされる魂が覚える懐かしさや、この職人仕事の仙人のような一途で無邪気な生きかたや、あぁ、何もかもが馥郁と香り立つ贅沢な響きを持って、「はたおり」がこだまします。

   恐らく、これを読まれる方たちに、この心境は伝わらないかもしれないと正直思うのですが、この世にいて、この世に生きていない。夢を語る日が来るまで、この世は住み難いと過ごして来た身に、これまでを振り返る格好の機会を得たような響きだったのです。

 それで、その方にエールを送りたいという衝動にかられます。しかし言えません。だから、その方に面と向かって言えないそれを、自分に向けることにしました。

   その方の心配は機織りで食べていけるかどうかです。心配ですよね。この世の大方の関心は、成功すること。お金に不自由しないこと。お負けに言えば、他人様のご厄介にならずに生きて行くこと。 

   好きを仕事にして、食べていけるかどうか、その食べるという基準は人それぞれで、他人があれこれ言える隙間は無いのが常です。

   夢の話をしていれば、ときに美辞麗句に遠い、真実に思えたことを言います。そんなとき、わたしはいつも夢に直に対面している自分を感じながら、その立ち位置を大切に言葉を発します。

   耳に響きの良い言葉を期待していた人にとっては、手痛いこともあるようで、そんな思いをされた方から、半年一年してお礼の言葉を言われることがあり、そんなとき全身から力が抜けて、その方の魂の美しさにオロオロします。夢の大切さを知る魂に出会えたと。

   百人の敵に、いえ、万の敵にたったひとりの味方を見つけたような気分で震えます。こんな滅多に無い衝撃こそ、好き勝手に生活する者へのぼたもちかもしれません。

   お金持ちにはならないけれど、こうした麗しいお言葉をいただけるのは、わたしが好きなことを曲げないからでしょう。その意味では何の苦労も努力も要らないところで、コツコツ好きを貫いたのだと思います。これも言ってみれば職人仕事です。

   話を戻して、古来からの技仕事の尊さは、この商業ベースの世の中では、風前の灯です。子供の頃廻りはたくさんの職人さんと小僧さんが闊歩していました。時代の変化とともに多くの職人さんが消えて行きました。

   そんないまは無い職種の職人さんがどんな生活をしていたか、その貧しさを知っているので、尚のこと他人には勧められませんが、彼等の満足はお金ではなく、自分にしか分からない仕事の仕上がりでした。ひどく乱暴な言い方で申しわけありませんが、ここにわたしは引かれるのだと思います。誰の賛同も得られないとしても、天とわたしはこれを知っている。そう言う全身を満足で包む体験は、あの世に自分を豊かに持って行かれるだろうと思っています。

   尾形光琳作と謂われる数々の仕事も、職人仕事に思えるし、敦煌の壁画も信心と合わさった職人芸、お寺の山門に施された彫刻の遊び心は、大胆にして伸びやかな職人芸。。。。。

   やっぱり、「はたおり」が木霊しています。
【2010/05/02 18:00 】
あれこれ | コメント(231) | トラックバック(0)
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