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白鳥とオープンハーツとコンシャス・コンバージェンス
   「白鳥とオープンハーツとコンシャス・コンバージェンス」

   19日海の日の朝。10時前、ぶらっと海岸に散歩に出ました。
七里ケ浜の向こうに富士山が青空にみえます。何筋かの雪を残す夏姿の、
その頂上に、白鳥がいままさに飛び立つところ、に出会えたのです。

   この衝撃を文章でお伝えできているかどうか。。。。。

   まず、目に入ったのは富士山ではなく、実は白鳥です。
細く長い首をきっと南に伸ばして(くちばしの先端は鋭く)、
羽根を大きく羽ばたかせ・・・。富士山の頂上に、真っ白い雲で出来上がった白鳥です。
大きさは、富士山の高さの三分の一ほど。

   よく富士山には丸い笠がかかるのですが、それよりは遥かに大きかったような。
他に雲があったかどうか、記憶にないくらい晴れていました。

   カメラが無くて、残念。
南に首を向けて飛び立つその姿は、すぐに首が解けて、
白鳥とは云いがたい姿になってしまいましたが。

   それだからこそ、白鳥が富士山の頂上を足下に、飛び立とうという姿。
胸が高鳴りました。

   その前日(18日)、吉祥寺のオープンハーツで、
一年にわたる夢のクラス・ドリームセラピー講座がはじまりました。

   7月17日と18日はコンシャス・コンバージェンスの日だそうです。
詳しいことはこちらをhttp://divasoul.blog17.fc2.com/blog-entry-467.html

   それに先立つ23年前、
1987年の8月16日と17日はハーモニック・コンバージェンスでした。
このときわたしはバージニア州の山間で、心の勉強をしに仲間たちと合宿生活をしていました。
その仲間の一人が熱心にハーモニック・コンバージェンスについて話してくれて、
それを祝う祈りの日になった覚えがあります。
実際は、孔子と孟子の生まれ変わりが夫婦になってという話を、
孟子だった当の女性にお目見かかり、
孔子との楽しい出会いをうかがった、優雅な思い出の日です。
その彼女が、「風と共に去りぬ」の屋敷みたいな、
大きくホールが空いたその向こうの最上段に、
ロングのチャイニーズドレスで現れたのには、度肝を抜かれたものです。
おまけにドレスの左側に漢字で何やら文章が書いてあったのですが、
その中国語はさっぱり読めませんで。。。。

   ハーモニックコンバージェンスについてはこちらを。
http://369hiroe13moon.blogzine.jp/officehana/2009/09/post_a80c.html

   マヤ暦については良くわかりませんが、このコンバージェンスという、
時代の節目の考え方については大きな恵みを感じています。
わたしの意識はこの頃から大きく変わって、自分の責任を意識できる端緒に立てたと思います。

   あれから23年。
オープンハーツでのクローズクラスの始まりが、
この一連のマヤ暦の大事な日に該当しているのも、大きな恵みと思えます。
夢を専門としているわたしは、外側の事象現象を、
夢のシンボルと同じようにまずは捉えるようにしています。

   その第一回の受講生の夢が、各自人生の望みの夢としっかり一致しているのに感動しました。

  自分を生きたいという人生の夢にぶれがない。これは大切なことです。
コンシャス・コンバージェンス。
まさに「意識の統一」であり、「統一の波」とも云えるでしょう。

   帰りの新宿の駅で、どっと一日の疲れが全身を襲い、
はてどうしたものかと弱気な心を抱えたまま帰路の電車に乗ったのに、
車中みるみる疲れが体を離れていく不思議な体験をしました。

   わずか4時間の睡眠の、その後に出会った富士山の白鳥。
わたしも自分のプログラムに着手しています。その確認の時となりました。

   わたしの白鳥の目的地は決まっています。
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【2010/07/23 07:20 】
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夢と瞑想の関係
   
     「夢と瞑想の関係」

   夢の講座では瞑想を薦めています。「瞑想」の「瞑」は、「暗い」とか「目を閉じて何も見えないさま」を云い、「想」は「ある対象に向かって心で考えること」を云います。

   つまり、瞑想とは「考える対象を持たない心の状態」を云います。意味は解っても、この状態をつくるのは大変と言ってしまえば大変だし、簡単と言ってしまえば、それも云えないことはない。瞑想とは、結果ではなく、状態を云います。(注:こことても大切)

   この瞑想と夢は、互いが補充するように、自分を知るための道具になります。一組と考えると良いでしょう。瞑想だけでは片手落ちになります。夢だけだと自分を知るのに時間がかかるでしょう。

   下記のアドレスはよくまとまっていて、瞑想を始めたい人、瞑想についてとっかかりが欲しい人に参考になります。     

   http://mm.1webart.com/MM_PublicBackNo.cfm?UserID=cayce&MagazineID=-1&T=LAST

   では、わたしのドジな体験話しを。瞑想が嫌いな体を鎮め、心を鎮める状態に近づけるようになったある日のことです。瞑想中に怒りでいっぱいになり、それもなんとか静まったかと思えて、瞑想を終えて、立ち上がった時です。見事にひっくり返りました。

   日常に気持ちを切り替えたとたん、瞑想中に湧き上がった怒りが、瞬時に戻ってきたのです。その自分の感情に圧倒されて、足の甲で体重を支えたのでした。瞑想すると、蓋をした感情が湧き上がるのでしょう。これも瞑想の効用だとわたしは思っています。

   懐かしい思い出です。

   それから一ヶ月捻挫で動けなかったのは、云うに及ばない?
【2010/07/18 22:43 】
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