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意志を持った有機体の地球
     「意志を持った有機体の地球」

   何だかとてつもなく畏れおおい題かもしれませんが、いまの感想です。

   この3月4月の寒暖の激しさに、身も心も揺れに揺れています。でも、幸いなことに健康です。以前より健康です。だからどこがどうと愚痴もないのだけれど、ここに来て猛烈に眠いのです。

   そう遠くないところで、からっと目が覚めるのでしょうね。

   かなりいい加減な話しかも知れませんが、頭がはたらきません。
気合いが入らないのか、だらけているのか、怠慢の故なのか、どうしたもんかなぁと、そんな気分のまま時間だけは急速に過ぎて行きます。

   3月になって直ぐでした。海岸を散歩していたら、数人の伯父さんたちが波打ち際で、打ち寄せた昆布をたぐり寄せています。竿にV字形の針金を括ったり、木の枝を上手に加工したそれ用の道具を持って、ビニール袋一杯に昆布をとっていました。

   後で分かったことですが、大量に昆布が海岸に打ち寄せるのは、風が強く吹いた次の日か、地震の後です。最初に昆布取りを目にした日は、チリ地震の次の日でした。海底を大きな波が引っ掻き回して、海の宝の命をわたしたち人間に分けてあげようと、こうしておいしいワカメが海岸に打ち寄せるのでしょう。

   自然が、地球が、命の連鎖を起こしてわたしたちの命を育んでいる。何だかとてつもないことを、このたったひとつがトリガーとなって、意志ある地球のなさることを教えられたのでした。

   被害に遭われた方々は地球の反対側です。意志ある地球は、そこがかゆかったのかもしれません。或いは滞りを直したかったのかもしれません。もっと地球の命に関わる理由でことが起きたのかもしれません。自分が有機体なら、ワカメも有機体。それを育む海と一体の地球が有機体で、わたしと同じに意志を持っていると理解できなかったいままでの方がおかしいと、そう感じたのです。

   大きなことと小さなこと、雄大なことと矮小なこと、マクロにミクロが重なって、それが反転して、この小さなわたしという命が、惑星地球の意志に支えられてここに居ると、知ったとしたら変でしょうか。

   4年目の海辺の生活で、やっと海の何たるかが垣間見えた体験です。打ち寄せる昆布のなかのどれがワカメで、どうやって下処理をするか、袖振り合った見知らぬ人に教えてもらいました。

   滅多に無い漁父の利ですが、この生まれてはじめての経験から、「昆布」のシンボルが実生活に入り込んでいます。何に付けても「なんて有り難いのだろう」と、静かな平安が感情を揺さぶります。それだけでなく、悲しみと言えない哀しみ、哀れが胸の中央に居座ります。「昆布」は、感情の荒波をくぐり抜けて育つものを指します。

   この哀れは、この先にいけば、「こんなわたしを気づかって下さって、ただただ感謝の思いしかありません」とでも言えるような、感慨深い哀しみです。

   この感情は、どこか押し込んでいた情動なのでしょうか。まだ押し込んだままの哀れがあるのでしょう。それが、昆布のシンボルという、豊かな栄養を持つ感動なのでしょう。

   地震が続きます。天変地異が続きます。無くて良い異変ではなく、豊かな創造のための変化なのだと思います。小さな心では図ることのできない壮大なドラマが起きているのだと思います。

   静かな感動がそう教えてくれます。
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テーマ:思ったこと・感じたこと - ジャンル:日記

【2010/04/24 07:06 】
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