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大正時代風着物姿の女性がUFOと衝突して死ぬ・ Something Strange
       「大正時代風着物姿の女性がUFOと衝突して死ぬ・ Something Strange」

 以前「オイルの不思議」で取り上げたわたしの夢に付いて、もう少しお話しましょう。夢のメッセージを受け取るのに、一番大事な姿勢に付いて、お話します。

 どんな夢にも「Something Strange」があります。日本語にすると「象徴的表現」というのですが、こうなると何が何だか分からないので、わたしはそのまま、サムシングストレンジにしておきます。夢のストーリーで変なところのことです。その「変?!」が、つまりはメッセージの濃いところなので、象徴的表現ということです。

 実はこれがとても分かり難いのです。特に肝心の夢主本人に取って、「どうしてこれが変なの!」となるからです。「変!」は、往々にして夢主が安全策と信じているものや、当たり前としか思えないことだからです。説明が必要な言い方ですが、しばらく我慢して下さい。夢の変に気付くには、いつもの対処法に否を唱えなくてはいけません。だから自分で自分の変に気付けません。あぁややこしい?!!!!

 前置きが長くなりました。オイルの夢をもう一度ご覧下さい。  

 夢本体【夢ははなからUFOの登場です。それもわたしの立っている位置から左手にUFOが見えたと思ったら,そこにいた大正時代風の着物を着た女性にUFOが当たって、着物の女性の首が折れて、倒れ込んだ場面から始まりました。太い縦縞に大輪の花をあしらったいかにも大正風な着物の柄だったと記憶しています。それを見て、これは大変と,女性に駆け寄り助け起こしたのですが,すでに首は折れ、死を覚悟しました。死ぬしかないのだと。助けるとか,蘇生させるという段階ではないのだと。

 場面は変わり、円盤型UFOの真ん中から木製(?)のサラダボールがするすると降りてきました。それを両手で受け取って中を確認すると、オイルが底の方にはいっているのが見えました。半分までは入っていませんでしたが,奇妙なこと、特別なことに思えたのは,オイルが光の反射で,人の顔を浮かび上がらせて見えたのです。見えたその人はそのとき誰とは分かりませんでした。が、直感的にそのオイルを飲むように言われていると受け取り,夢の中で飲んだのです。

 空になったボールを両手に持っていると,それが原稿用紙になりました。赤の罫線が入った四百字詰めの原稿用紙でした。分厚い原稿用紙の束をあきれるほど何度も何度もひっくり返しているうちに、到頭それは本になります。

 その後,ドーベルマンの様な毛足の短い精悍な犬がわたしの前を走っています。海岸の護岸になっている低めの岸壁を左に,これで海に出るのだとわたしも走っているのです。右が海です。】

 
 この一連の夢が、その後のわたしの人生のアウトラインになっています。30年はたっぷり時間がかかりました・・・・・・が。

 言ってみれば、予知夢でした。見た当時は何が何だかといった感じで、身体も具合が悪いばかりで、夢も希望も無いというお決まりの状態でした。

 この夢にも「変!」は、勿論あります。しかし当時は夢だからすべてが当たり前に思えたものです。予知夢だとも思えず、時間が経つにつれて、何で、大正時代風の女性が出て来たのか、不思議だなあとその程度でした。UFOにぶつかって首が折れて死んじゃうなんて、情け容赦ない場面だなあとも思い、助けられない自分を悔やむでも無い。感情が伴わず変な感じでした。しかし、夢を思い出す度に、死んでも平然としている自分に違和感を覚え、ここに善悪の判断が入り込み、と、夢の初心者は右往左往したものです。

 「変!」を単純に見つけましょう。ドーベルマンの後ろを走るわたしは、現代のラフな格好で、UFOにぶつかって死ぬ女性は着物姿です。数年経って、この辺がキーだなあと思えたのです。いま夢語通訳を生業にしているわたしは、この数年を一瞬にと、時間の短縮をみなさんに提供しているだけなのです。それ以上でもそれ以下でもありません。それと、反省を込めて言えば、こんなに時間はいりません。反省が仕事になっているようなものです。

 これが変!と分からなかったのは、「あんたねえ。そんな生きかた古いよ。いまどきの女性の生きかたじゃないよ。そんなの直ぐに反故にしようよ」と、夢が言っているからです。それがあまりに直接的なので、見えません。その時のわたしには。いまから振り返ると、前夫のもとでのうのうとしていたのでした。夢の叡智はそんなわたしを大正時代風の着物姿になぞらえてくれたのです。この話通じていますか。

 封建的な考えの自分を葬って、本能のままに生きればよい。

 解説すれば、単純明快。何と気楽なことでしょう。わたしにはこれが恐ろしく大変なことだったのですが。
 
 という訳で、夢が言っていることは、分かってみれば直球の待ったなし。このあと、離婚に、自分の居場所はベッドひとつの下働きと、変化の日々が待っていたとはいえ、大正時代の女性からは脱却でき、自分を生きる女性に生まれ変わらせることができました。

 いまの住まいは、多くの人のあこがれでもある湘南生活。丁度夢の通り、海辺の近くです。山より喧騒が無く、静かな静かな生活です。これからの人生、海を楽しむ場面につながるようです。

 九月に入って、日暮れて庭に立つとコオロギの大合唱。全方向から音のシャワーが降り注ぎます。全身に溜め込んだ要らぬ思いが、そのシャワーに迎えられて、ゆっくりと身から離れて天に帰っていきます。この地球の御胸に抱かれて,大切に大切に生かされているのだと,実体験できる毎晩です。


 アートセラピーの極意を記事にしてくれた、昔の生徒さんのブログをお読みください。一言で片付けられない感動を覚え,生きて体験する意味を教えられたように思います。昔の生徒さんは私を超えています。なんともうれしいことです。自慢です。

 http://mixi.jp/view_diary.pl?id=945513188&owner_id=3109869

 ちなみに夢と絵は同じはたらきをします。

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テーマ:夢に表れる心と身体と霊性の状態からその対処法を知る。 - ジャンル:心と身体

【2008/09/28 11:46 】
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